「性」の問題は、人間にとって最も重大な問題の一つです。しかし、この間堰を一般の人が正面からとり組むことは、長い間はばまれてきました。
反道徳的なこと、恥ずかしいこと、不潔なこと≠ニいうのが「性」だったわけです。もちろん、成人になれば、いやおうなく「性」 の問題にぶつかるわけですが、あくまでも秘めごととして処理されてきました。ことに女性の場合、結婚をするまで、全く何も知らずにいたという人も多かったのです。
このような「性」に対する一般の人の認識は、近年大きく変わってきました。驚くほど解放されたのです。あらゆるマスコミ(ビデオ・パソコン)が「性」をとりあげ、現在では性がはんらんしている≠ニさえいえるほどです。学校教育でも欠かせない問題として扱っています。
もともと本能に基づいている問題だけに、だれしもがこの間題には抵抗しがたい興味を抱いているはずです。興味を抱くのが自然の姿です。そこで、以前に比較してはるかに開放された「性」の知識を、私達は持つようになりました。特に積極的に求めなくても、性知識はいろいろの方面から豊富に与えられています。
さて、それでは「性」 に関する人々の悩みはなくなったのでしょうか。答えは、ノーです。たしかに知識は豊富になったはずですが、その知識を正し〈身につけていないことから新たな悩みをつくりだしているケースがふえているのです。 まず、当然知っておくべき性の基本知識を持たないで、枝葉末節の知識ばかりに精通している人がいます。これでは「性」を知っているとはいえないでしょう。また、一つの知識を絶対的なものだと思い込み、それにあてはまらない自分自身を異常だと自己判断し、無益な取り越し苦労をする人もしばしばみられます。 このほか、依然として「性」は知らないことが当然であり、よいことだと思い込んでいる人もいます。
「性」が人生にとって大きい意味を持つことが理解されつつあるものの、現在のところでは、まだまだ誤解されたり、曲解されていることが多いというわけです。この間題は決して避けて通れる問題でもなければ、単に快楽への興味の面からのみ掘り下げればよいというものでもありません。正しい性知識を正しく理解することが、何よりも必要で、真剣にとり組むべき問題なのです。